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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)1051号 判決 1976年5月25日

上告人

荻谷一

右訴訟代理人

植田義昭

被上告人

荻谷のぶ

被上告人

荻谷わくり

右両名訴訟代理人

横山隆徳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人植田義昭の上告理由一の(一)について

原審が確定した事実関係によれば、上告人が家督相続により亡父の遺産全部を相続したのち、家庭裁判所における調停の結果、上告人から母である被上告人荻谷わくりに対しその老後の生活の保障と幼い子女(上告人の妹ら)の扶養及び婚姻費用等に充てる目的で本件第二の土地(第一審判決別紙目録第二記載の土地)を贈与し、その引渡もすみ、同被上告人が、二十数年間にわたつてこれを耕作し、子女の扶養、婚姻等の諸費用を負担したこと、その間、同被上告人に対し右土地につき農地法三条所定の許可申請手続に協力を求めなかつたのも、既にその引渡を受けて耕作しており、かつ、同被上告人が老齢であり、右贈与が母子間においてされたなどの事情によるものであること、が認められるというのである。この事実関係のもとにおいて、上告人が同被上告人の右所有権移転許可申請協力請求権につき消滅時効を援用することは、信義則に反し、権利の濫用として許されないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同一の(二)について

所論の点に関し、所有権に基づく登記請求権はその性質上消滅時効にかかることがないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(高辻正己 天野武一 江理口清雄 服部高顕 環昌一)

上告代理人植田義昭の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

(一) 原判決は、上告人の被上告人わくりに対する請求において、「所有権移転許可協力請求権に対する消滅時効の援用が信義則に反し権利の濫用」という。しかし、時効の援用が信義則に反し権利の濫用というのは、援用者において権利者の権利行使を脅迫や欺術を用い故意に妨げた結果時効期間を徒過させたような場合をいうのであつて、かかる事情のない本件において、ただ耕作の事実と母子関係というのみで権利の濫用といわれては時効制度は根本からくつがえされるのであつて、その理由として「被上告人を困惑させるだけで上告人に特段の利益をもたらすものでない」というのも、被上告人が耕作をやめ、死亡による母子関係の消滅の可能性がある以上こじつけというほかない。

右原判決の判断は、最高裁昭和四九年(オ)一一六四号昭和五〇年四月一一日第二小法廷判決(判例時報七七八号六一頁)が、「許可申請協力請求権は、許可により初めて移転する農地所有権に基づく物権的請求権ではなく、また所有権に基づく登記請求権に随伴する権利でもなく、売買契約に基づく債権的請求権であり、民法一六七条一項の債権に当たると解すべきであつて、右請求権は売買契約成立の日から一〇年の経過により時効によつて消滅するといわなければならない」と断言している法意に抵触するといわねばならない。

(二) 原判決は、「所有権に基づく登記請求権はその性質上、消滅時効にかからないものと解するのが相当である」という。しかし、民法は、所有権が不行使によつて時効にかかることがない旨を規定している(一六七条二項)にとどまり、所有権に基づく物権的請求権ないし登記請求権が時効にかからないとは言つていない。すべて請求権は時効にかかると規定するドイツ民法一九四条の解釈として、物権的請求権もまた時効にかかると解されている(Motive I, S, 222; Oertmann, Bem. 2 zu § 194)し、同民法九〇二条は、登記された権利についてのみ、請求権の時効を否定し、それ以外の権利についてはすべて所有権をも含めて物権的請求権の時効を承認している。所有権侵害が正当の理由をもつているかどうかは、長年月のうちに不明確となり得ること債権的請求権と区別すべき理由はないのであつて、請求権時効の制度をこれにも認めることは、論理的に不可能でないことはもちろん、解釈上にも十分の理由がある(川島武宜・民法総則四三八頁参照。)。したがつて、本件においても日本民法の認める最長の時効期間である二〇年の経過によつて、本件登記請求権は時効によつて消滅したと認むべきであり、これに違背した原判決は民法の解釈を誤つたというべきである。

二、<略>

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